廣部先生のこと

廣部達也先生は東京大学の数学科と建築学科を卒業され東京大学の教授になられました。緻密な論考により「建築空間構造論序説」「凝視するデミウルゴス ル・コルビュジェ論」等の論文を発表されてこられました。東京大学を退官された後は工学院大学で教鞭をとられました。私はその最後の教え子の一人です。


研究室に入った時、廣部先生は私たちに2つのことをおっしゃいました。

①本に書いてあることは全部嘘だと思うこと。どんなに有名な建築家が書いた本でも正しいと思い込まないように。自分がどう感じているかを基にすること。

②私は最近の建築をよく知らないので、代わりに勉強して私に教えて欲しい。

「本は全部嘘」に驚いてしまって、また、先生に「教える」なんて畏れ多くて簡単にできることではありませんから、20歳の私は呆然としてしまいました。


先生が工学院大学を退職される時、大学院生として大学に残っていた私たちで「建築におけるオーダー概念をめぐって」という先生の最終講義を文字に起こし、先生に添削をして頂いては修正するという作業を行いました。最終講義録の製本まで1年ほどかかったと思います。先生はお礼に、と仰って奥様とご自宅でお料理を振舞ってくださりました。先生の柔らかい表情が印象的でした。


それから20年近く経ち、先生はお身体が優れず療養されていると聞き、皆でお見舞いに伺いました。今の仕事の写真等をお見せしつつ和やかにお話しができました。みんな色々あるだろうけど、なんとか建築の仕事は続けないとね、と言って励ましてくださいました。その時、先生の傍に20年前の最終講義録が置いてあるのが見えました。添削の書き込みで真っ赤になっているのが見えました。私は絶句してしまって、そのことを先生にお聞きすることもできませんでした。病床にある今でも手を入れ続けておられるのだと私は受け止めました。


2018年10月13日、廣部先生は逝去されました。先生には感じたことを基にしながら論理的に分析して組み立てることを教えて頂いたと思っています。そうすると気持ちが形に落としこまれるので楽しいのです。今でもあたりまえのように建築を好きでいられるのは、廣部先生のおかげだと思っています。



文:大久保元彰


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